元禄忠臣蔵 第二部

国立劇場大劇場で、11月歌舞伎公演「元禄忠臣蔵」(第二部)を観劇。

真山青果の「元禄忠臣蔵」10篇を、3か月に別けての通し上演で、今月の第二部は、「伏見撞木町」「御浜御殿綱豊卿」「南部坂雪の別れ」まで。

真山美保演出、織田紘二補綴・演出。

上演時間は、30分と15分の休憩を含めて、4時間15分くらい。

公演プログラムが、800円。
他に、上演台本、資料集を販売。なお、資料集は、3か月で共通。


「元禄忠臣蔵」3か月を比較すると、今月、11月は普通にチケットが買え、チケット入手難が起きた10、12月よりは人気がない、といえるかも知れないが、

私は、11月がいちばん面白そうだと思っていて、じっさい、「伏見撞木町」での悩みつつも放蕩する大石内蔵助は坂田藤十郎に適任と感じたし、「御浜御殿綱豊卿」での綱豊(梅玉)と富森助右衛門(翫雀)の応酬は見応えがあり、また、新井勘解由(我當)が堂に入っていて、いかにもそれらしかった。

「伏見撞木町」では、内蔵助が浮橋(秀太郎)に見張りを頼むと、舞台が回って、内蔵助と主税(愛之助)のふたりのシーンになるところが、なかなかに、いい。

「御浜御殿綱豊卿」の最後、御能舞台の背面の場は、原戯曲では「船弁慶」となっているが、現行台本では「望月」である。これは、「望月」が直面の曲だからだろうか、あるいは、仇討ちというストーリーを重ねるねらいがあるものか?

今日の時代小説や時代劇では、大仏次郎の「赤穂浪士」以降はとくに、忠臣蔵は、大石内蔵助と千坂兵部(もしくは、色部又四郎)の、仇討ちをめぐる情報戦としてえがかれることが多い。南部坂のシーンでは、瑤泉院の側近くに上杉(吉良)方の間者が入り込んでいたりもする訳で、それを察した内蔵助が仇討ちの決意を口にしないまま、瑤泉院に別れを告げるのが名場面になるのだが、この「南部坂雪の別れ」では、腰元おうめ(吉弥)の設定ははっきりしていない。
焼香を拒まれてもなお胸中を明かさずに辞去した内蔵助が、その後に到って、しかも門外で、瑤泉院(時蔵)、落合与右衛門(東蔵)と3人で、あんなにしゃべってしまっては、先刻、腹の内を明かさなかった意味がなくなろう。どこで誰れが聴いているか知れないのに…。


今月の「第二部」は、「伏見撞木町」では、最初の場(その一)がカット、「御浜御殿」は、歌舞伎で繰り返し上演されている台本を踏襲したとのことで、「南部坂雪の別れ」では、泉岳寺の場がカットされている。分かりやすい省き方だった。
公演プログラム収載の『補綴・演出のことば』を興味深く読んだ。



「元禄忠臣蔵」は、3か月つづけて見ると、手ぬぐいがもらえるのだが(12月公演の観劇時に10月、11月分のチケット半券の持参が必要)、来月は行かない私には、手ぬぐいとの縁はないようである。

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