時代の証言者 中村吉右衛門 20



読売新聞朝刊に連載された「時代の証言者」

歌舞伎俳優 中村吉右衛門の第「20」回(6月6日付)は、『新妻に「芝居を褒めないで」』



今回は「鬼平犯科帳」のエピソードのつづきと、結婚のこと。



「鬼平犯科帳」は、実母のすすめもあった。第1回の放送は入院先で見てくれた。翌8月に亡くなったが、放送が間に合ってよかった。



「鬼平」はいまもビデオでなく、映画フィルムで撮っている。撮影所には、むかしかたぎのスタッフも多い。『昔の映画のような悠長な撮影をしているから、まだ私でもできるんだと思います。



 『歌舞伎は舞台に立つと、監督と主役の2役を努めています。一方、ドラマ撮影では、監督がいて指示を受けるので、カットとカットの間も演技に集中できる。歌舞伎とは違った芸術の可能性を感じます。

ただし、『のんびり撮影してくれる鬼平だからできましたが、ほかのドラマではどうでしょうね。

歌舞伎役者は、生まれてから死ぬまでの長い歳月で役者人生を考える。10年先、20年先を見ている。が、いまのテレビは忙しい。その場の雰囲気を感じて、瞬間瞬間を面白くしなければいけない。





 ≪中村吉右衛門は1975年(昭和50年)、慶応大学在学中の山本知佐と結婚した。新郎31歳、新婦19歳だった≫



当時NHK勤務だった岳父は、実母とはいとこ同士。いいひとがいないか、という話が出たことから、岳父と実母の間で話が進んだ。『女房はまだ高校生だった。私は、自分はいいが、親だけで決めるのはよくないのではないか、当人に聞いてくれ、と返事したんです。そしたら、「嫁に行く」と言ったという。あとになって、女房は「うそだ」というんですけどね。

 今どきいないような、といっても30年前ですが、素直な女性、まだ女の子ですね。きれいでした。




ざっくばらんな家にしたいと考え、『吉右衛門という役者と一緒に歩いてくれる人になってほしい、と。また、私の芝居を見て褒めないでほしいといいました。お世辞で褒める人はいくらでもいるから。正確なところを見てくれ。悪いものは悪いといってくれと頼んだんです。







・・・「鬼平」については、今年2月の、スペシャルドラマ「鬼平犯科帳スペシャル 兇賊」の放送を紹介した、産経新聞エナックの記事にも、同様のエピソードが紹介されていた。



プロデューサーの能村庸一氏の著書「実録テレビ時代劇史」(東京新聞出版局)には、吉右衛門「鬼平」誕生に関わるエピソードがいくつか書かれていて興味深いが、エンディングでおなじみのテーマ曲は、スタッフの間では「インスピレーション」とはいわず「勘ばたらき」と呼ぶそうな。



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